国語ミニTips集…国語の学力向上を考える

国語の学習の効率化・第1集

「うちの子は国語」が苦手で、どうしたらできるようになるのだろうか、とお悩みのご父兄の方は多いようです。当の本人はあまり気にしていないケースも多々見受けられますが…。
また、受験に限って言えば、どの教科も同じように勉強しているけれども、国語だけ、今一つ成績が伸びなやんでいるというとこともよくあることです。

国語の学習方法というのは、他の教科と勝手がちがうなというのは、特に私学受験などの、実力が即点数に表れるという、建前ではなく、本音の世界、勝ち負けの現場では切実なものです。
事実、国語に限っては、私もいろいろな方からどのような勉強をすれば、あるいはさせればいいのかという質問をいただくこともあります。

そこで「、国語の学習を考える」という、国語に特化したコーナーをもうけて、進学・受験に限らず、「国語力とは何か」、「国語力を伸ばすにはどのような方法があるのか」といったことを、皆様といっしょに考えてまいりたいと思います。

このコーナーで述べますのは、あくまで私個人のささやかな指導経験からのものですので、あらかじめご承知おきください。現場とかけ離れたこうすればいいという理屈や理論というより、あくまで実践的な話題にしぼります。

また、私個人の考えなどたかがしれてますので、国語の学力向上に役立ちそうな有益なサイトを見つけしだい、どんどんご紹介させていただきます。
と同時に、お薦めのよい参考書や問題集(に限りませんが)がありましたら、こちらも、どの点がいいのかのコメントをつけてご紹介させていただくつもりでおります。

国語学習の一助になれば、幸いです。

1・国語という科目の特徴

「うちの子は国語」が苦手で、どうしたらできるようになるのだろうか、とお悩みのご父兄の方は多いと申しましたが、当の本人はあまり気にしていないケースが多々見受けられるように思います。

というのも、あまりに身近にありすぎる学科なので慣れっこになってしまって、苦手意識がなくなる。友達と会話していても何も困ることはない。ああ、そう言えば、本の虫で国語が抜群のちょっと変わったやつがクラスにいたなぁ、って感じかもしれませんね。

変なたとえになりますが、部屋の掃除、整理整頓ということで考えてみましょう。
世の中、きれい好きの人とそうでない人がいます。少しでもちりが目につけば片付けないと気になってしかたがない、いや、少しぐらいなら平気だとあまり気にしない人がいます。ちなみに、私は後者です、いや、でしたにしておきましょう(--;)。

国語の勉強で言えば、言葉を気にするタイプとそうでないタイプがいますね。言葉を気にするタイプといっても、いわゆる文系と理系の方の言葉の感覚はだいぶちがうようですし、言葉を気にしないタイプといってもさまざまです。

日常生活では話し言葉でコミュニケーションを取るのがほとんどですので、別に特別の言葉を知らなくても不自由しないし、人からとやかく注意されることもないです。
部屋が散らかってても、口でもっときれいにすればと言う人は、その方の親ぐらいで、ふつうは思ってても遠慮して口にはしないでしょう。

しかし、「ちりも積もれば…」というように、「言葉も積もれば山となる」です。書き言葉、話し言葉、その他、いや、自分の心の中でも、母国語というのは24時間接しているものです。

ですから、国語力というのは、小さい頃から大人が意識的にその手助けとなるような手段を講じなければ、その本人自身の資質の問題でできるかできないか決まってしまうかもしれません。つまり、基本的に国語の力は、教える教えないに関わらず、ある程度、個人個人で持ち点が決まっている部分があって、それを無視することはできないと考えます。

国語の力は決まっているから、じたばたしても無駄だなどと言っているのでは決してありません。「24時間接している」ことの影響の大きさから、もっと小さい頃から親が何らかの手をうって考えておかなければならない学科なのではないかなと思うわけです。

最後に1つだけ興味深い例を挙げてみます。国語という教科の本質が垣間見えてくるかもしれません。
受験レベルで国語の学力を考えた場合、
・国語の力のある生徒は、特別何か教えなくても、学力テストの成績は一定の高水準を維持していく。
・国語の苦手な生徒は、時間をかけていろいろ説明しても、他の学科にかけた同じ時間とくらべて伸び悩む。

長くなりそうですので、小学生の頃に心がけていただいたらいいのではという具体的な話はまたにいたします。

2・国語の出来不出来をいつ意識するか

よく国語が出来るとか出来ないとか言いますね。
でも、これはふだんはあまり気にかけないですむことかもしれません。一般的な公立の小・中学校では、中学3年生になって、内申書の評価点として意識する、そして、最後は、高校の総合選抜試験の本番テストで、過去問をやってみて、古典がわからない、漢字が書けない、詩が理解できない、どうしようというケースなのではないでしょうか。

しかし、私立中学受験という目的で各科目を学習していると、いやでも国語の出来不出来を意識せざるを得なくなる場合があります。たとえば、小学5、6年生で、算数と理科はいいけど、国語が今ひとつだめだなぁ、なんて悩むわけです。

これは、塾などでの本格的なテストによる順位付け、志望校合格に向けての模擬テストの結果がいやでも点数として評価されるからですね。そして、最後は志望校の入学試験の国語の問題にどれくらい点数が取れるかという大きな課題をつきつけられるわけです。

考えてみると、スポーツでも同じではないでしょうか。スポーツでも趣味で楽しんでやるだけという場合と、試合で勝つために練習するというのは根本的にその基本姿勢が異なると思います。

受験というものは、良くも悪くも「勝ち負け=プロ」の世界なのです。なぜなら、合格・不合格という二者択一しかないからです。勝てば歓びをかみしめ、負ければ涙する、そういう世界なのです。きつい言葉になりますが、結果がすべてという、おままごとではない非情な世界です。

さらにきつい言い方になりますが、あまり勉強していなくて(本人は勉強しているつもりかもしれませんが、合格できるための勉強の質と量は個人差があります)合格圏内にない学校のテストに落ちた場合も、やはりダメだと涙することでしょう。
本人にとっては、受験というものが初めての体験で、親しい友人どうしで合格した者とそうでない者とがはっきり分かれるという現実にショックを受けるのだろうと思います。

反対に、そういう現実的なハードルがない場合、国語の苦手意識がないままずるずるといってしまう場合があります。今は、義務教育の中学2年生くらいまではそれほど気にしなくてもいい環境ですので、特にその落差にがっくりくることも多いかもしれません。

国語だけを考えると、このようなことを考えてみることも必要かもしれないということです。

国語が苦手だと受験に不利、得意だとその分だけ楽になるということはあるでしょうが、国語も読解を問われる問題だけではなく、漢字の書き取りから古典の問題(こちらは現代文より対策が立てやすいかもしれません)もあります。それと、入学試験というのは複数の教科の総合点で決まります。
限られた時間を有効に使うために、各科目を総合的ににらんだ受験対策が必要だということでしょうか。

3・国語が出来る生徒と出来ない生徒

「国語が出来る」とか「彼(彼女)は、国語がよくできる」とよく言いますが、このことをもう少し突っ込んで考えてみたいと思います。

前に、次のような現実があるとお話しいたしました。

・受験レベルで考えた場合、国語の出来る生徒は、特に国語を教えなくても、成績は落ちないし、ある程度の成績を維持し続ける。
・逆に、国語が不得手な生徒に文章の読解法を時間をかけて教えても、数学や理科とちがってさほど学力の向上に結びつかない。

ただし、数学と理科などが得意な子は、ある程度まで、テクニックで特定の分野の読解力をつけさせ、成績をアップさせることが可能です。また、まんべんなく不得手な教科が多い場合は、国語という教科の読解力以前の、文章そのものの読み取りの力が弱いということになり、また別の対策を講じる必要がありかもしれません

つまり、国語というのは運動能力などと同様、ある程度まで個人の持ち点があるという前提ですが、その力を国語という課目でのみ考えるのか、もっと範囲を広げた文章そのものの読解力として考えるのか、分けて考えた方がいいのかもしれません。

国語が出来るかどうかを知るのは簡単です。文章を音読させて横でそれを聞いていればすぐ判断できます。漢字や熟語を読みこなせるか、言葉の意味や慣用表現(慣用句)を知っているか、慣用表現を文の構造や文脈をつかんでいるか、文章を読み慣れているか、大げさに言えば、そのすべてが分かるでしょう。

ですから逆に、音読させて、あらゆる面でそのおかしなところを修整していくというのが、読解力をつけさせるいちばん基礎になるトレーニングになるのだとも言えます。

端的に言えば、「国語が出来る」生徒は、読書習慣がある、あるいはほかのメディアであっても、言葉に対して常に関心を持って意識し続けていると言えるのかもしれません。

別によく勉強しているかどうかの問題ではなく、日常生活における積み重ねですので、その差は大きく広がり、短期間でそのギャップを埋めるのは困難な学科であるということです。

ところで、これは英語でも同じですが、辞書を引く習慣のない子どもがあまりにも多いのには驚かされます。

全部とは言いませんが、国語の出来る子(言葉の意味にこだわる子でもあるでしょう)は辞書を引くのがふつうです。言葉というものは、基本的に分からなければ大人に聞けばいいというものでは、決してありません。

極端に言えば、学校で習えば国語や英語が出来るようになるなんてのは、幻想にすぎないでしょう。もちろん、習って身につくことは少なくはないと思いますが。
国語や英語学習で、辞典を引くというのは欠かせません。まず、引きやすいよい辞典を選び、その引き方、「楽しく楽に」引けるようなトレーニングを初めに教えるべきだと考えます。
事実、辞典の引き方というのは教えないと無理だと思います。そして、楽に引けるようになると、自分で喜んでやるようになるもんですよ。国語が出来る出来ないということに大きく関わってくることは間違いないと思います。

4・国語の読解力と他教科の読解力

学校では、国語の時間に「国語」を学習します。これは「教科としての国語」ですね。それと、数学や理科であろうと、その内容を読み取ったり考えたりして理解する力が必要です。「読解力としての国語」です。
これらを区別しておいた方が、考えやすいと思います。

「教科としての国語」であれ「読解力としての国語」であれ、力があるかないかを知るのはとても簡単で、何かまとまった文章を音読させてはたでそれを聞いてどのような読み方をしているかでまちがいなく判断できると述べました。

ですから、問題はその後です。
「国語が弱い」けど、どうすりゃいいの? ってやつですね。これには2とおりのケースが考えられます。

算数(数学)と理科は強いけど、国語が弱い。入試に取り組んでいる場合に、現実的な課題になります。
ただし、このケースでは、「教科としての国語」が苦手なのであって、「読解力としての国語」はあると考えられます。いわゆる「理系」の子に多く、文章の解釈のちがい、言語表現に対する感覚のちがいに起因する場合が多いようです。これは、ある意味で当たり前のことですから、あまり気にする必要はないのではないでしょうか。
この場合は、テクニックというやつで、ある程度の得点アップはじゅうぶん可能ですからね。

算数も理科も国語も苦手だなぁ、というケースでは、まずすべての勉強の基礎となる「読解力としての国語」の力がじゅうぶんではないということになります。そして、この場合は、けっこうたいへんですね。短期間では無理だということです。

そして、「国語が苦手だけど、何とかしたい」という時期がいつかということも重要です。学年が上になるにつれて、国語力をアップすることが困難になります。なぜなら、他の課目をほっといて、国語力をアップすることだけ考えるわけにはいかなくなるからです。

そこで、1つの私見であり提案ですが、小学3年生ぐらいまでは、本を読む習慣をつけさせることを最優先させてみてはいかがでしょうか。何も物語や詩を読めと言っているわけではありません。子どもによって興味の対象はさまざま。自分の興味のある本でかまいません。
私の経験では、小学4年生からでもその他の教科はじゅうぶんに伸ばすことが可能です。私学受験に耐えうる学力という意味でも。

5・国語って何を勉強すれば?

「教科としての国語」の力をつけるのに、何をどのように学習すればいいのでしょうか?

文章を読むことがいちばん大切であるのは言うまでもありませんが、それ以外に具体的に何を勉強したらいいのか。

大ざっぱではありますが、次のようなことを併行して勉強すればいいと思います。英語などと同じく、国語を学習することも他の語学を勉強することも基本的には同じです。母国語になっていているかどうかのちがいだけで、語学を習得するうえでおさえておくべきツボは変わらないと思います。他にも考えれますが、最低、次に挙げたものが必要ではないでしょうか。

・国語辞典
・読む力を養うことができるもの
・漢字を書く力を育てる教材
・慣用句を覚える教材

上に挙げた4つの教材につきましては、個別にもう少し掘り下げて説明いたしたいと思います。市販の教材でこれはお薦(すす)めかなというものにつきましては、実践できるように具体名を挙げてご紹介したいと考えております。

さて、長くなりそうですので、最後にひと言。
今の時代は、勉強に限っても「口当たり」のいいものだけに目がいきがちですね。「しかられるのはイヤ、少しでも自分が傷つくのはイヤ」という面があります。また、遊びの対象がありすぎて、とても勉強の方には頭がまわらないという現実があるかもしれません。
でも、子供たちの潜在的欲求として、「読みたい」、「書きたい」という思いは強いと思います。上に挙げた4つのことがらにしても、要は遊び感覚で持っていけば、けっこうはまってやるものだというのが、実感です。国語の場合は特に、「鉄は熱いうちに打て」でしょうか。

6・国語辞典、引いてますか?_(1)

さて、あらためて「辞典」のお話です。

「国語辞典、引いてます?」ってタイトルですが、身近の小中学生のみなさんを見まわしても、あまり引いてませんかね。

これは、国語辞典に限らず、英和辞典でも同じですね。小学校卒業する時に英語の辞典もらうことが多いようですが、本のケースつけたまま、本棚の肥やしになって永久(とわ)の眠りについていることも珍しくないような。

「辞典を引く」作業というのは習慣性のものだと思うのですが、初めは引きこなすのに大きなエネルギーがいるものだと思います。車の発進と同じで、動き出すまではたいへんだけど、後は慣性でわりと楽に走るようになるというやつですね。

ですから、最初に辞典の引き方について興味が持てるように徹底して教えてあげないといけないと思います。国語辞典は「あいうえおか…」、「英和辞典」は「abcdef…」ってだけでも、子どもにとって初めは思うように調べたい言葉までたどりつけないものですからね。特に、国語辞典は読みが分からないと引けませんので、「読めるようになる」というのは大事です。

ですから、国語の勉強の重要なスタートラインの1つは、小学生(4年生ぐらいかな)の頃から辞典を引くことに興味を持たせるということだと思います。
ある程度、辞典の引き方を説明してから、用意ドン!、競争で何かの言葉を辞典で引かせると、子どもたちは夢中になってやるというのがふつうです。
ただし、引かせる言葉は難しいのはダメ、子どもが食いつきそうなおいしいエサでないとだめかもしれませんが。その代わり、きちんと引けたら、すっごい大物を釣り上げた時のような顔になります。ぜひ一度、お試しください。

ただし、子どもが興味を持って辞典を引くようになるためにも、どのような辞典を選べばいいのか、よく考えましょう。これは大人の側の問題で、とても重要なことだと思います。

7・国語辞典、引いてますか? (2)

さて、国語辞典を引くといっても、何でもいい、どのような引き方でもいいというわけではありません。じゃあ、どう考えればいいのか?
この問題は人によってかなり意見の分かれるところだと思いますので、ささやかな私個人の経験から、こういうとらえ方もあるよということで述べさせていただきます。国語が苦手な小学生が辞典を引くという前提です。

まず、2種類の辞典を用意する。
1つはふだん主に使う辞典で、「小学用生の辞典」です。これはぼろぼろになるまで使いまくりましょう。よく使う辞典をきれいなままにという発想はどうでしょうか。大事に使うということの意味をとりちがえているかもしれません。じゅうぶん使ってぼろぼろになれば、辞典も成仏してくれます。弟や妹も使えるようにという発想はかえって高くつくものです。
もう1つは、ワンランク上の「中学生用の辞典」です。

なぜ2種類用意するかというと、ふだん使うものはじゅうぶん使いこなせるものでなければならないと考えるからです。小学生が「小学用生の辞典」の辞典を使えば、慣れるまでにさほど時間はかからないはずです。

しかし、1つ問題があります。調べたい言葉に限って「小学用生の辞典」にはのってないことが多いのです。その時は、ワンランク上の「中学生用の辞典」(ワンランク上の辞典は中学生用にこだわらなくてもいいかもしれません)で調べるのです。

小学生に初めから、中学生以上を対象とした辞典を使わせるのは無理があるのではないかという考えです。要は、辞典を抵抗なく引けるようになればいいわけですが。

次に、国語辞典の選び方のポイントをいくつか。

掲載している語句数にこだわらない。あくまでも調べやすさと中味で勝負するもの。調べたい言葉がのっていなければ、「ワンランク上の辞典」で解決できます。
調べる言葉の用例の豊富なものを選ぶ。言葉の意味だけを正確に説明すると、どうしても小学生には難しく感じます。この言葉はこういう風に使うんだという具体的なイメージでとらえる方がなじみやすいです。
かんたんな漢字辞典としてもじゅうぶん使えるもの。別に漢字辞典も必要かも知れませんが、ふだん使うのはほとんど国語辞典になると思いますので、熟語はもちろん、部首・画数・書き順までのっていればベスト。2冊で使い分けるのはわずらわしいものです。
・「舌」-「−を出す」、「−を巻く」ではなく、「舌を出す」、「舌を巻く」のように、見出しにすべてが書かれているもの。

ほかにもいろいろあるかとは思いますが、気がついたら追加します。

8・読む力を養う教材?

「読む力」というのが、「国語の力」を決める決定的な要素かも知れません。言葉を換えると、個人が今現在持っている「読む力」が、その人の現在の「国語の力」の持ち点ということでしょうか

今は、子どもたちが活字に親しむ機会が激減していますので、全般的に国語力の不足が問題視されているのはご存知かと思います。これにどう対処すればいいのか、決定打がないというのが現状かもしれませんね。

今はこういったことが世間でもかなり危機感を持って意識され、かまびすしく議論されるようになってきました。「読書教室」が開かれたり、古典の音読の勧めとか、いろいろ提案されています。

進学塾でも、たいてい国語の学力アップに苦労しており、読解力向上のいい教材がないと嘆いているのが実情だと思います。

ただし、他の数学や理科などの科目は手をつけず、国語だけ教えていればいいという環境なら、国語力アップに絞れるということで可能かもしれませんが。
それでも、国語が好きになって成績も上がったというのと、志望校に合格できる学力をつけるというのはいささか次元が違う話で、それほどたやすくはないと思います。

では、どのような教材を選べばいいか。
長文をあつかった参考書や問題集か、一般の書籍か? ということになるでしょうか。

長文をあつかった参考書や問題集ということになると、1つ難しい問題が出てきました。
確かに、ひと昔前までは、「読解力」という名を冠したタイトルで、書店に「国語の力」をつけるという目的の学参がかなり並んでおりました。各学校の入試問題を取りあげて解説したものがほとんどでしたが。
先ほど述べました進学・受験塾で「いい教材がないと嘆いている」というのは、書店に並んでいる教材や塾用の教材も吟味した上での発言だと思います。
ところが、今は著作権の問題で、こういうタイトルの学参は本屋の店頭から姿を消して少なくなりつつあります。

それと、少なくなったとかいう以前に、国語の読解力の参考書・問題集というのは、いいものを作るのが難しいのです。時間をかけないとだめだと言い直してもいいかもしれません。比較的お薦めのものは、ご紹介したいと思いますが。
個人的に言えば、算数や数学の問題を作るのとは比較にならないほどやっかいな作業ですね。

次に、参考書や問題集以外にいいものは?
これは、何に興味を持っているかで、

読書に限らず、テレビや新聞(子供新聞もあります)などで目にする活字はすべて生きた教材だと言えましょうが、自分の関心のあることにしか目が向かず、それが受け身で楽しませてくれることだけに限られるとなると、問題かもしれませんね。

ただ言えることは、小さい頃から、親(特に、お母さん)が積極的に本に親しむようにリードすることはできるでしょうし、また、それは後になって大きな財産になると思います。

積極的にこうすればいいと提案は短いコラムではご紹介できませんでした。現状認識の1つということで。いろんな意味で「読む力」を育てるのにこれはいい教材になりうるのではないかというのが見つかりましたら、ご紹介いたします。
また、子ども達の興味を惹きかつ国語力をつけるのにいい、「これはおもしろい、是非読んでみてください」という本がありましたら、一般の書籍でも随時紹介させていただきます。

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